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営業秘密メルマガコラム

2017.05.16

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第11回|退職従業員による秘密漏洩を防止するために企業がとるべき方策

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第11回

退職従業員による秘密漏洩を防止するために企業がとるべき方策

弁護士知財ネット近畿地域会
弁護士 室谷和彦

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第11回 退職従業員による秘密漏洩を防止するために企業がとるべき方策

 

1 はじめに

退職従業員による秘密漏洩を防止するためには,何よりも,日常の秘密管理措置を行っていることが必要です。すなわち,従業員に対して,秘密情報であることを認識できるようにするために,秘密情報が記載された紙媒体には丸秘等の表示を付し,電子データには,パスワードを設定するとともにファイル名に「社外秘」などの表示をしておくべきです(これらの措置の概要については,「営業秘密管理指針」[1]に紹介されています。)。
日頃から,秘密情報であることを従業員が認識できるような措置がなされていなければ,退職予定者は,何が秘密情報であるかを認識できていないため,企業が退職時に対策をとろうとしても,有益な対策は取り得ません。
以下では,一定の秘密管理措置がなされている場合に,特に,退職者あるいは退職予定者に対して,企業がどのような方策をとりうるかについて検討します。

2 誓約書等

退職者による秘密漏洩防止のため,①秘密保持義務,②資料・記録媒体の返還・消去義務を明確化した誓約書を,退職予定者から差し入れてもらうことが一般化しています。また,場合によっては,③競業避止義務契約を締結することもあります。
これらの文書作成にあたっての注意点について,見ていきましょう。

(1)秘密保持義務

従業員は,入社時から,就業規則や秘密管理規程により,秘密保持義務を負っていますが,退職時に,再度,これを注意喚起するために,誓約書を差し入れてもらうことが効果的です(秘密保持契約書にする場合もあります)。
ここで,重要なのは,秘密保持義務の対象となる情報の特定です。一般的な,誓約書のひな形には,対象情報の特定が抜けています。入社時や部署変更時の誓約書であれば,将来,その従業員が接する秘密情報を特定することはできませんが,退職予定者の場合には,特定することは可能です。また,企業としても,その従業員が接していた情報のうち,どのような情報が持ち出されたならば,損害が生じるかは予想できます。
たとえば,技術開発者が退職する場合であれば,実験データや製造方法に関する情報は,重要な秘密情報であり,その者が開発したのであれば,持ち出しも容易です(すでに,コピーを保有している可能性もあります)。そのような場合には,秘密保持義務の対象を例示列挙(代表的な情報を列挙したうえ,その他の秘密情報と特定する)することによって,強い注意喚起(抑止力)になるものと考えられます。
また,たとえば,営業部長が,経営陣と対立して独立するような場合は,退職時に,顧客情報を持ち出す危険が高いといえます。退職予定の営業部長からすれば,過去に自ら開拓した取引先は,自分の成果であるから,その顧客情報は持ち出してもかまわないと誤解(自己に帰属する情報と考えている)している場合もあるので,そのような誤解を否定するためにも,例示列挙しておくことは有用です。もっとも,上記の場合には,退職予定者が,誓約書に署名捺印することを拒否する例が見受けられます。上記のような誤解が生じ,深刻なトラブルを招かないためにも,日頃の情報管理が重要といえます。

(2)資料・記録媒体の返還・消去義務

上記の秘密保持義務を補完するため,誓約書には,秘密保持義務の対象となる情報が記録された資料や記録媒体を返還するとともに,電子データについては消去し,その情報を自ら一切保有しないことを確認する旨の条項を盛り込みます。
ここでも,抽象的な特定ではなく,退職予定者が,返還・消去すべき情報を認識できるように,対象となる情報を,例示列挙しておくべきです。

(3)競業避止義務

業種や退職者の地位にもよりますが,秘密保持をより確実なものとし損害を回避する必要がある場合には,競業避止義務契約を締結する場合もあります。

ア 競業避止義務契約の有効性

しかし,職業選択の自由の制限となるおそれがあるので,義務範囲は合理的なものであることが必要です。裁判例では,「雇用者等の正当な利益の保護を目的とすること,被用者等の契約期間中の地位,競業が禁止される業務,期間,地域の範囲,雇用者等による代償措置の有無等の諸事情を考慮し,その合意が合理性を欠き,被用者等の上記自由を不当に害するものであると判断される場合には,公序良俗に反するものとして無効となる」東京高判平24・6・13〔アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件〕という判断基準が示されています。
どのような範囲であれば有効となるかについては,経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上に向けて~」の参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」に詳細に記載されていますので参考にして下さい。[2]

イ 退職金支給制限

競業避止義務契約との関係でよく問題となるのは,義務違反を理由とする退職金の不支給や減額です。
この点について,最判昭52・8・9〔三晃社事件〕[3]は,X社の就業規則において,退職後同業他社へ転職したときは,退職金につき自己都合退職の半額とする定めがあったところ,従業員Yの退職にあたって自己都合退職として計算された全額を受領した際,今後,Yが同業他社に就職した場合は就業規則に従い退職金の半額を返還する約束をしたが,Yは退職後,同業他社に入社したため,X社が退職金の半額の返還を求めた事案において,次のように判示しました。

「被上告会社が営業担当社員に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められず,したがって,被上告会社がその退職金規則において,右制限に反して同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき,その点を考慮して,支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも,本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば,合理性のない措置であるとすることはできない。すなわち,この場合の退職金の定めは,制限違反の就職をしたことにより勤務中の功労に対する評価が減殺されて,退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないこととする趣旨であると解すべきであるから,右の定めは,その退職金が労働基準法上の賃金にあたるとしても,所論の同法三条,一六条,二四条及び民法九〇条等の規定にはなんら違反するものではない。」

一方,退職手当支給規程に,退職後6ヶ月以内に同業他社に就職した場合には退職金を支給しない旨の定めがある場合に,退職後6ヶ月以内に競業関係に立つ広告代理業を自営した従業員が,退職金の不支給は違法として,退職金の支払を求めた事案において,名古屋高裁平成2・8・31〔中部日本広告社事件〕[4]は,次のように判示しました。

「本件退職金・・・が以上のように,継続した労働の対償である賃金の性質を有すること(功労報奨的性格をも有することは,このことと矛盾するものでないことは,前記のとおりである。)本件不支給条項が退職金の減額にとどまらず全額の不支給を定めたものであって,退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであることを考慮すると,本件不支給条項に基づいて,・・・・支給額を支給しないことが許容されるのは,同規定の表面上の文言にかかわらず,単に退職従業員が競業関係に立つ業務に六か月以内に携わったというのみでは足りず,退職従業員に,前記のような労働の対償を失わせることが相当であると考えられるような第一審被告に対する顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当である。すなわち,退職従業員は,第一審被告に対し本件退職金の請求権を,右のような背信的事情の発生を解除条件として有することになるものと解される。いわば,このような限定を付されたものとして,本件不支給条項は有効であるというべきである。・・・このように解することが,本件支給規定の中にあって本件不支給条項と同様に不支給を規定しているのが懲戒解雇の場合であることとも整合性を有するものと考えられる。そして,このような背信性の存在を判断するに当たっては,第一審被告にとっての本件不支給条項の必要性,退職従業員の退職に至る経緯,退職の目的,退職従業員が競業関係に立つ業務に従事したことによって第一審被告の被った損害などの諸般の事情を総合的に考慮すべきである。」

このような裁判例からすると,退職後の競業行為を理由に退職金支給制限(不支給・減額)が認められるのは,相応の背信性があったときに限られるものと解されます。

3 アクセス制限

退職者による秘密情報漏洩の事案においては,退職の直前直後に,データのコピー等が行われ秘密情報を入手するのが通常ですから,下記のアクセス制限は,秘密情報の入手自体を防止する方法として有益です。

(1)退職後

従業員等の退職後は,退職従業員が,社内のデータ等にアクセスできないように,IDやパスワードを変更するとともに,退職従業員が使用していたパソコン等から,秘密情報を削除します。また,IDカードや入館証を回収し,退職従業員による立ち入りができないようにします。

(2)退職前

必要に応じて,退職前であっても,システムへのアクセス権を制限します。また,従前使用していたパソコンは回収し,新たなパソコンを用いて残務に従事させるという方法もあります。
在職中の業務内容によっては,退職予定者に対して,ログを集中的にチェックしたり,ネット接続を禁止するなど,様々な厳格な措置も考えられます(前掲「秘密情報の保護ハンドブック」58頁)。

4 研修等

そもそも,退職者による営業秘密の漏洩・不正使用が絶えないのは,退職予定者が,秘密情報を転職先に対するお土産にして有利な条件で転職することを望んだり,営業秘密を用いて自ら利益を得ることを思いつくからです。従業員に,そのような動機が生じなければ,退職後の漏洩等はおこりません。そのような動機が生じないようにするためには,従業員に対し研修を行い,営業秘密の重要性,秘密情報と一般情報の区別,秘密情報の取り扱い,そして,漏洩等を行った場合の法的効果(差止め・損害賠償,刑事罰の内容)について,周知することが有効です。企業等から営業秘密に関する研修の講師の依頼を受けるとき,「必ず,刑事罰の解説をしてください」とリクエストを受けることが,よくあります。

以上

 

[1] 経済産業省「営業秘密管理指針」〔平成15年1月30日 全部改訂:平成27年1月28日〕
http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html

[2] http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html#toriaezu

[3] 労働経済判例速報958号25頁,最高裁ホームページ

[4]判時1368号130頁

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