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営業秘密メルマガコラム

2019.04.16

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第34回|営業秘密侵害により被侵害者が受ける損害について

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第34回

営業秘密侵害により被侵害者が受ける損害について

弁護士知財ネット 近畿地域会
弁護士 大住 洋

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第34回 営業秘密侵害により被侵害者が受ける損害について

1 知的財産権侵害訴訟における損害額立証の困難性

一般に,知的財産権侵害訴訟において,侵害者に対して損害賠償を請求する場合の法的根拠は,民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求権[i]であり,損害額や侵害行為と損害との因果関係等については,被侵害者側が立証しなければならないのが原則です。

しかしながら,生命,身体や有形の財産権の侵害が問題となる通常の民事不法行為事件と異なり,知的財産権侵害事件においては,侵害の対象が無体の情報であり,また侵害行為が侵害者側の経済活動を通じて行われるという特殊性があるため,侵害行為の結果,被侵害者が受けた具体的損害額や侵害行為との因果関係等を,被侵害者側が立証するのは非常に困難です。

2 損害額の立証困難を救済するための知的財産法上の諸規定

そのため,知的財産法[ii]では,損害額の算定に関し,損害額の推定規定(特102条,実29条,意39条,商標38条,著114条),損害計算のために必要な書類の提出命令(特105条,実30条,意41条,商標39条,著114条の3),損害計算のための鑑定(特105条の2,実30条,意41条,商標39条,著114条の4),相当な損害額の認定(特105条の3,実30条,意41条,商標39条,著114条の5)等の民法及び民事訴訟法に対する特則規定が置かれています。

このうち,損害額の推定規定は,一定の算定方法により算定された額を損害額とする,あるいは損害額と推定する規定であり,①侵害品の譲渡数量に,被侵害者が,その侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じた額を,被侵害者の実施能力を超えない範囲で被侵害者の損害額とするもの(特102条1項,実29条1項,意39条1項,商標38条1項,著114条1項),②侵害行為によって侵害者が得た利益額を被侵害者の損害額と推定するもの(特102条2項,実29条2項,意39条2項,商標38条2項,著114条2項),③知的財産権の実施にあたり受けるべき金銭の額(実施料相当額)の請求を認めるもの(特102条3項,実29条3項,意39条3項,商標38条3項,著114条3項)があります。

これらの規定に基づき,被侵害者は,たとえば,特許法102条2項の適用を前提に,侵害者に侵害品の販売数量,販売額や利益率等について任意開示を求め,任意開示がされなければ,帳簿書類等の書類提出命令を申し立て(特105条),必要に応じて,計算鑑定人の選任を申し立てる(特105条の2)等して,具体的な損害額を立証していくことになり,それでも損害額の立証がその事実の性質上困難な場合には,裁判所に相当な損害額の認定(特105条の3)を求めることになります。

3 営業秘密侵害行為による損害の特殊性

このような知的財産権侵害によって発生した損害額の審理における特別規定の枠組みは,営業秘密侵害による損害額算定の場合にも基本的に当てはまり,不正競争防止法にも,他の知的財産法と同様の損害額の推定(不競5条),書類提出命令(不競7条),損害計算のための鑑定(不競8条),相当な損害額の計算(不競9条)等の規定が設けられており,被侵害者としては,これらの規定を活用して,損害額の立証に努めることになります。

しかしながら,これらのうち,特に,不正競争防止法5条1項ないし3項の損害額の推定規定の適用については,侵害の対象が営業秘密であることによる特別な配慮を要する点があると考えられるため,以下で,営業秘密侵害によって被侵害者が受ける損害の特殊性を踏まえて,上記規程の適用範囲等について検討してみたいと思います。

4 不正競争防止法5条1項ないし3項の適用範囲等について

(1) 不正競争防止法5条1項について

まず,不正競争防止法5条1項は,侵害品の譲渡数量に,被侵害者が,その侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じた額を,被侵害者の実施能力を超えない範囲で被侵害者の損害額とすることで,被侵害者の立証負担を軽減する規定です。

ここで注意が必要なのは,「営業秘密」には「技術上の秘密」と「営業上の秘密」があるところ(不競2条6項),このような「営業秘密」の侵害行為のうち,不正競争防止法5条1項の適用対象となるのは,「技術上の秘密」に限られ,「営業上の秘密」は明文で適用対象から除外されているということです(不競5条1項括弧書)。

これは,営業秘密の不正使用行為のうち,「技術上の秘密」を不正に使用する行為は,本来,被侵害者が独占できるはずの技術が,第三者に不正に利用され,その結果,被侵害者が販売する真正商品の需要が奪われる関係にあるという点で,特許法102条1項と同様に,侵害行為がなければ,被侵害者において侵害者が譲渡した数量分の利益が得られたと考えることができる一方,「営業上の秘密」(たとえば販売ノウハウや顧客名簿等)については,営業上の秘密が化体された商品を譲渡するわけではなく,必ずしも上記のような因果関係が類型的に認められないためとされています[iii]

そのため,同じく「営業秘密」が侵害された場合であっても,対象が「技術上の秘密」であれば不正競争防止法5条1項が適用され,同項による損害額の推定がなされますが,対象が「営業上の秘密」である場合には,同項は適用されず,同項による損害額の算定はできません。

(2) 不正競争防止法5条2項について

他方,不正競争防止法5条2項は,侵害者が侵害行為によって受けた利益を損害額と推定する規定であり,この規定により,被侵害者は,侵害行為により侵害者が得た利益の額を立証すれば,その利益の額が損害額と推定され,推定を覆す特段の事情や侵害者側の反証がない限り,その利益額の賠償を受けることができます。

ここで,不正競争防止法5条2項については,前記「(1)」で述べた同条1項とは異なり,条文上,適用対象に限定はなく,同法2条1項に規定する全ての不正競争行為が適用対象とされており,営業秘密の侵害についても,「技術上の秘密」か「営業上の秘密」かを問わず,適用され得ることになります。

この点,「技術上の秘密」については,本来,被侵害者が独占できるはずの技術が第三者に不正に使用され,その結果,被侵害者の利益が奪われたという点で,特許法102条2項と同様に,侵害者が得た利益を被侵害者の損害と推定する基礎があると考えられるように思われます。しかしながら,顧客情報等の「営業上の秘密」については,たとえば,「顧客名簿を不正に取得したといっても,顧客のうちの何人かは当然誰でも知っている需要者だった」[iv]というようなことも考えられ,侵害者が営業活動によって得た利益と営業上の秘密情報との関連性が不明である場合も少なくないように思われます。

このような観点から,条文上は,適用対象に限定がなされていない不正競争防止法5条2項についても,「事案によっては本項の推定規定を適用することが不合理といえる場合もあろう」[v]等という指摘が学説からなされています。

また,裁判例でも,顧客情報の不正使用が問題となった事例について,「(不正競争防止法5条2項は)侵害者が侵害行為により利益を受けているときは,被侵害者も同額の利益を得られたはずであるという一応の経験則に基づき,逸失利益を推定するものである」との一般論を述べた上,「控訴人らが本件顧客情報を使用して一審被告メックス製品の営業販売活動を行わなければ,被控訴人は,一審被告メックス製品の営業販売活動により利益を得られたとはいえず,得べかりし営業上の利益に相当する損害を被ったものと認めることはできない」として,同項の適用を否定したもの[vi]等があります。

そのため,不正競争防止法5条2項についても,必ずしもすべての営業秘密侵害行為に適用できるわけではないと考えられ,また,適用される場合でも,その推定が覆滅されることが少なくないと考えられます[vii]。そのため,特に「営業上の秘密」が不正に使用されたという事案においては,侵害者が営業活動によって得た利益と営業上の秘密情報の使用に関連性が認められるか否かについて,慎重に検討する必要があると言えます。

(3) 不正競争防止法5条3項について

次に,不正競争防止法5条3項は,不正競争行為によって営業上の利益を侵害された者が,侵害者に損害賠償請求を行う場合,使用許諾料に相当する額を損害額として請求できることを規定したものです。

同項は,1号から5号で,適用対象となる行為類型を列挙していますが,このうち営業秘密の侵害行為については,条文上,「技術上の秘密」であるか「営業上の秘密」であるかを問わず,適用対象になるものとされています(同項3号)。また,同号は,「営業秘密の『使用』」に対し受けるべき金銭の額を損害としていますが,不正「取得」行為や不正「開示」行為についても適用があると解されており[viii],これらの場合には,営業秘密を「取得」し,あるいは「開示」したことに対し受けるべき金銭の額を損害とすることになると考えられます。

そのため,不正競争防止法5条1項及び2項の適用対象とならない営業上の秘密情報の不正使用行為であっても,原則として同条3項3号の適用はあると考えられますが,これまで検討してきたように,営業秘密については,「技術上の秘密」もあれば「営業上の秘密」もあり,またその価値もまちまちであるため,具体的な使用料の額については相当の幅があると考えられます[ix]

また,商標法38条3項に関して,最高裁は,「商標法38条2項(現3項)は,同条1項とともに,不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被侵害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって,損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは,不法行為法の基本的枠組みを超えるものというほかな(い)」として,損害不発生の抗弁を認めています[x]。この最高裁判決の射程については議論のあるところですが,仮に,この考え方が不正競争防止法5条3項3号にも妥当するとすれば,営業秘密の内容や,その使用態様によっては,そもそも損害の発生が認められないとして,侵害者側が損害賠償義務を免れる場合もあり得るものと考えられます。

5 おわりに

以上のとおり,知的財産権侵害による損害額の算定は一般に困難である上,「営業秘密」については,「技術上の秘密」もあれば,「営業上の秘密」もあり,またその使用態様も一様ではありません。

そのため,不正競争防止法5条1項から3項の適用にあたっても,そこで想定されている因果関係が,当該事案において類型的に認められるものであるのか等,事案ごとに慎重に吟味する必要があると考えられます。

 

[i] 不正競争防止法では,4条本文に,民法709条とは別に損害賠償請求権の根拠規定が置かれていますが,これは,不正競争行為によって生じた営業上の利益の侵害が,民法709条に定める「法律上保護される利益」の侵害に該当することを確認する趣旨で規定されたものであり(経済産業省知的財産政策室編「逐条解説不正競争防止法〔平成30年11月29日施行版〕」140頁),同条により,責任の法的性質や主張・立証責任の所在が変更されるものではありません。

[ii] 以下,括弧内で条文を引用する際には,特許法を「特」,実用新案法を「実」,意匠法を「意」,商標法を「商標」,著作権法を「著」,不正競争防止法を「不競」と表記します。

[iii] 前掲注ⅰ)「逐条解説不正競争防止法」144頁以下等。

[iv] 三村量一著「不正競争防止法による損害」(第二東京弁護士会知的財産法研究会編・『不正競争防止法の新論点』175頁)で紹介されている例。

[v] 小野昌延編著「新・注解不正競争防止法(第3巻)下巻」(松村信夫執筆部分)1027頁。

[vi] 知財高判平成27年2月19日裁判所HP「TOWAレジスター事件」。

[vii] 推定の覆滅を認めたものとして,東京地判平成15年11月13日裁判所HP「人材派遣業顧客名簿事件」等があります。

[viii] 前掲注ⅴ)「新・注解不正競争防止法(第3巻)下巻」1056頁。

[ix] 前掲注ⅴ)「新・注解不正競争防止法(第3巻)下巻」1054頁。

[x] 最判平成9年3月11日民集51巻3号1055頁「小僧寿し事件」。

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