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営業秘密メルマガコラム

2020.06.16

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第48回|ソフトウェアの営業秘密による保護

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第48回

ソフトウェアの営業秘密による保護

弁護士知財ネット
弁護士 井奈波 朋子

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第48回 ソフトウェアの営業秘密による保護

1 はじめに

「競業他社がウチとそっくりのソフトを販売している。」

プログラム関係の法律相談は、そのようなところから始まります。筆者が弁護士になって最初に巡り会った事件が、ソフトウェアのコピー事件でした。 ソフトウェアがコピーされたとの疑いがある場合、その要因として、①競業他社が、自社ソフトをリバース・エンジニアリングして製品を作った、あるいは②自社から競業他社に対して何らかの形でソースコードなどが流出した、などの可能性が考えられます。

①の場合、不正競争防止法が定める営業秘密の不正取得行為等が存在しないため、不正競争防止法の問題になりません。この場合、著作権侵害が問題となり得ます。
②のように流出が疑われる場合には、例えば、従業員が不正にプログラムを持ち出した可能性や、元役員・元従業員らが転職先で同じプログラムを使用して製品を開発した可能性が考えられます。そのような場合、不正競争防止法上の営業秘密の侵害および著作権侵害の双方が問題となり得ます。

不正競争防止法上の営業秘密に該当するかどうかは、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の各要件を満たすかどうかで判断されます。
ここでは、プログラムの営業秘密該当性について、原審と控訴審の判断が分かれた裁判例をとりあげ、どのような場合に、プログラムが営業秘密として保護されるか、また営業秘密としての保護の限界について検討します。

2 類似のソフトウェアが問題となった例1-字幕制作ソフト事件

本件では、字幕制作ソフトウェアの本件ソースコードにおける類似箇所について、営業秘密を侵害しているのではないかが問題となりました。

原審(東京地裁平成30年11月29日判決)が、本件ソースコードのプログラムの一部(類似箇所1)につき、営業秘密に該当すると認定し、営業秘密の侵害を肯定したのに対し、控訴審(知財高裁令和元年8月21日判決)は、営業秘密に該当しないとの全く逆の判断をしました。なお、事案の概要は、本稿の末尾で紹介しています。

では、このような判断の違いは、どのようにして生じたのでしょうか。

原審は、類似箇所1について、本件ソースコードにおける変数名、型名、注釈等を宣言するものであり、本件ソースコード全体が原告の営業秘密であることから、その構成部分である類似箇所1も営業秘密であると判断した上で、本件ソースコードが多岐に亘る機能に影響を及ぼす有用なものであり、公然と知られていたことを肯定する事情は見当たらないと認定し、営業秘密に該当すると判断しました。

これに対し、控訴審である知財高裁は、類似箇所1について、営業秘密該当性を否定しました。その理由は次のとおりです。
「字幕表示に必要な設定項目は、原告ソフトウェアの設定メニューから把握できること、変数の定義の仕方として、変数名、型、注釈で定義することは極めて一般的であること、変数名は字幕ソフトが使用する一般的な名称であること、データの型はマイクロソフト社が提供する標準の型であること、注釈も一般的な説明であることによれば、類似箇所1に係る本件ソースコードの情報の内容(変数定義)自体は、少なくとも有用性又は非公知性を欠き、営業秘密とはいえない」(下線筆者)。

原審は、ソースコード全体が営業秘密であるから、その一部となる類似箇所1も営業秘密であるというざっくりとした判断をしたのに対し、知財高裁は、類似箇所1の内容を精査した上で、ソースコードにおける一般的な部分は、有用性または非公知性の要件を満たさないと判断し、営業秘密該当性を否定しました。
知財高裁の判断によれば、仮に、ソースコードを秘密として管理していたとしても、ソースコードの内容が一般的なものであれば、有用性または非公知性がないという理由により、保護されない場合がありうるということになります。なお、本件は、原審も知財高裁も、秘密管理性の要件について特に言及していません。

3 類似のソフトウェアが問題となった例2-接触角計算プログラム事件

接触角計算プログラム事件では、被告の製造、販売する自動接触角計に登載された接触角計算プログラムの旧バージョン部分が、原告の営業秘密を侵害しているのではないかが問題となりました。

原審(東京地裁平成26年4月24日判決)が、営業秘密であることを否定したのに対し、控訴審(知財高裁平成28年4月27日判決)は、営業秘密であることを認め、判断を覆しました。なお、事案の概要は、本稿の末尾で紹介しています。

本件の原告は、当初、接触角プログラムが保管されている共有フォルダに対するアクセス制限など、秘密として管理するための措置を講じていませんでした。しかし、その後、パスワードを設定するなどし、プログラムが完成した当時は、アクセス制限を施し、従業員に対し、アクセスログが残るのでどのパソコンからアクセスしたか特定可能であると注意喚起をしていました。
原審は、プログラム完成前に原告がアクセス制限などの措置を講じていなかった点を捉え、秘密管理性の要件を満たさないと判断しました。これに対し、控訴審では、原告プログラムが完成した当時には、開発担当のプログラマのパソコンにはパスワードが設定されるなどの秘密管理措置が施され、従業員に注意喚起し、企業が秘密として管理しようとする意思が認識できる状態であったことから、秘密管理性を認め、有用性および非公知性の要件についても肯定し、営業秘密の侵害行為を認めています。

また、本件では、接触角プログラムのほか、原告のアルゴリズムが営業秘密に該当するかどうかも問題となっています。原審では、原告アルゴリズムの内容は、営業担当者向けに原告プログラムの概念から機能概要までをまとめたハンドブックに記載され、ハンドブックは、どの部分が秘密事項であるか特定しない態様で記載されていたことから、秘密管理性が否定されました。控訴審では、原審の判断と同様、秘密管理性を否定し、かつ、次のように付け加え、非公知性の要件を満たさないと判断しました。

「原告アルゴリズムの内容の多くは、一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの、あるいは、格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ないことに加え、一部ノウハウといい得る情報が含まれているとしても、そもそも、前記(ア)bのとおり、被控訴人は画像処理パラメータを公開することにより、試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っており、原告アルゴリズムを、営業担当者向けに、顧客へのソフトウェアの説明に役立てるため携帯用として作成した本件ハンドブックに記載していたのであるから、被控訴人の営業担当者がその顧客に説明したことによって、公知のものとなっていたと推認することができる」(下線筆者)。

4 プログラムの営業秘密としての保護とその限界

ソフトウェアが営業秘密として保護されるには、冒頭で述べたとおり、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の要件を満たす必要があります。しかし、字幕制作ソフト事件においても、接触角計算プログラム事件においても、プログラムやアルゴリズムの一般的な部分は、特に非公知性の要件を満たさないと判断されており、ソフトウェアを秘密として管理している場合であっても、営業秘密としての保護に限界があることが分かります。
そこで、裁判において原告となる場合には、ソフトウェアを秘密として管理していたとしても、類似箇所が公知と判断されないかどうかという点も、検討しておく必要があります。逆に、被告となった場合には、ソフトウェアの内容を検討し、営業秘密該当性が覆せる可能性がないかどうか、検討する必要があります。

5 著作権との関係

上記の各事件では、いずれも別途、プログラムの著作物性が問題とされています。字幕制作ソフト事件では、同一のプログラムの著作権侵害訴訟が別事件として先行していましたが、「機能や処理内容に共通する事象が発生しているとしても、直ちにソースコードが共通していることを推認させるものではない」等の理由により、著作権侵害は認められませんでした。これに対し、接触角計算プログラム事件では、原審も控訴審もソースコードの著作権侵害を認めています。

プログラムの著作物は、著作権法により保護される著作物の一つとして例示されています(著作権法10条1項9号)。そこで、秘密として管理されているプログラムについて、関係者に持ち出されてしまったという場合、著作権侵害と不正競争防止法違反の両方のアプローチを検討してみる必要があります。
プログラムが著作権により保護されるためには、創作的な表現であることが必要です。つまり、ソースコードを記述する際に、プログラマが個性を発揮したことが求められます。しかし、プログラムにより同じ動作をさせるためには誰が作成しても同じような記述にならざるを得ず、表現の選択の幅は狭いものとなり、個性の発揮が難しく、創作的な表現であることが否定される可能性があります。
このようにみると、著作権による保護と営業秘密による保護とは、要件が異なるものの、著作権により保護されないプログラムについては、営業秘密として保護されるかどうか、特に非公知性の要件を満たすかどうかを慎重に検討する必要がある、といえそうです。

 

<参考>字幕制作ソフト事件の概要

本件の被告個人は、原告の外部技術者として原告の字幕制作ソフトウェアの開発に携わった者です。原告は、被告個人が原告の字幕制作ソフトウェアを構成するプログラムのソースコードを持ち出し、被告会社に不正の利益を得る目的で開示したとして、また被告会社については、被告個人の不正取得または不正開示を知りながら、被告ソフトウェアの制作にあたってそのソースコードを使用したとして、それぞれ営業秘密の侵害行為に該当すると主張しました。

本件では、鑑定対象となった2万9679行のソースコードのうち、2万9561行は非類似とされ、残り118行(類似箇所1ないし5)が問題とされました。このうち、主に問題となったのは類似箇所1であり、知財高裁によれば、類似箇所1は、字幕データの標準値を格納する変数を宣言するものでした。なお、類似箇所2および3は、類似箇所1をコピーして作成されたものでした。

原審は、類似箇所1ないし4について、原告の営業秘密であり、さらに被告個人の開示行為および被告会社の使用行為を認めました。なお、類似箇所2と3も、類似箇所1と同様に判断されています。

控訴審は、類似箇所1について、「類似箇所1に係る本件ソースコードは、変数定義部分であり、字幕データの標準値を格納する変数を宣言するもので、処理を行う部分ではないこと、変数は、いずれも字幕を表示する際の基本的な設定に関する変数であること、変数名は、字幕制作ソフトで使用する一般的な内容を表す、ごく短い英単語に基づくものであって、その形式も開発者の慣習に基づくこと、変数のデータの型は、マイクロソフト社が提供する標準のデータ型であること、注釈の内容も、変数名が表す字幕の意味をそのまま説明したものであることが認められる」と判断し、営業秘密であることを否定しました。

 

<参考> 接触角計算プログラム事件の概要

本件は、被告の製造、販売する自動接触角計に登載されたプログラムについて、原告元従業員である被告個人が、原告の営業秘密に該当するプログラムやアルゴリズムを不正に開示し、被告会社はそれを不正に取得したと主張して、原告が営業秘密の侵害を理由に被告個人と被告会社を訴えた事件です。プログラムのうち、原審と控訴審の判断が分かれたのは、旧バージョンに関する部分です。

原審は、プログラムの著作権侵害は肯定したのですが、次のとおり、営業秘密の侵害については否定しました。「原告プログラムの旧バージョン(ver1.0.0.0)が開発されてから8年弱もの間、共有フォルダ内に保管されたソースコードに対するアクセス権者の限定がなく、本件アクセス制限がなされる前の平成20年5月28日に原告製品3に対応した時点においても、原告プログラムとほぼ同内容を具備するに至っていたと考えられる原告プログラムの旧バージョン(ver2.5.0.0)には「guest」アカウントを用いるなどして誰でもアクセスすることができ、また、その後も開発担当者のパソコン内での保管に格別の指示がされなかったというのであるから、原告プログラム及びそれに記述された原告アルゴリズムが秘密として管理されていたとは認め難い。」

控訴審では、この部分の判断が覆され、秘密管理性が肯定されました。

以上

 

 

 

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