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営業秘密メルマガコラム

2019.05.14

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第35回|営業秘密の「使用」の意義及び立証

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第35回

営業秘密の「使用」の意義及び立証

弁護士知財ネット 中部地域会
弁護士 河合 哲志

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第35回 営業秘密の「使用」の意義及び立証

 

第1 はじめに

営業秘密をめぐる訴訟において、原告が主張する情報の営業秘密性が認められた場合は、被告の行為が不正競争防止法所定の各要件に該当するか否かが問題となるが、そもそも営業秘密性が認められる事案が少ないこともあり、この点について検討される裁判例はあまり多くないように思われる。本稿においては、裁判例を通じて営業秘密の「使用」の意義とその立証について検討する。

第2 営業秘密の「使用」の意義

 不正競争防止法2条1項4号ないし10号にいう営業秘密の「使用」とは、営業秘密の本来の使用目的に沿って行われ、当該営業秘密に基づいて行われる行為として具体的に特定できる行為であるとされている[1]

営業秘密の「取得」や「開示」は、電子データの複製や送信など、外形上営業秘密そのものを対象としていることが比較的明らかな行為であるのに対し、「使用」は営業秘密を利用しているか否かが外見上必ずしも明らかではないことも多い。

 「使用」したか否かが問題となる情報は、前提として営業秘密としての「有用性」が認められた情報であるところ、上記「使用」の定義中の、「営業秘密の本来の使用目的に沿って行われ」ているか否かは、どのような点に「有用性」が認められるかということとリンクするものと考えられる。

裁判例上、秘密管理性及び非公知性が認められた情報については、反社会的な性質を持つ情報を除き、有用性が否定される例はあまり見られない。しかし、有用性を肯定するとしても、「使用」の有無を判断する前提として、当該営業秘密のどのような点に有用性が認められるのかは重要なポイントであるから、当事者としてはこの点に関する主張立証を十分に尽くす必要があるといえる。

 営業上の情報(顧客情報)について

⑴ 営業上の情報の不正使用行為としては、顧客名簿等に記載された顧客に対する勧誘等の営業行為が典型的なものである。

⑵ 顧客情報の有用性

一般的に、①特定の者が、特定の商品ないし役務の顧客であるという事実自体が、営業活動において有益な情報であることがあり[2]、また、当該顧客が締約に至る可能性の高い顧客であることの情報も営業先の選別において有用である。この場合、市販されている電話帳等で当該顧客の連絡先を知り得るからと言って、顧客名簿に登載された顧客情報の有用性(及び非公知性)が否定されるわけではない。

また、②個別の顧客情報の集積としての顧客リストには、一覧性という点で、営業活動の効率性を高めるという有用性が存在する[3]

⑶ 顧客名簿に登載された顧客に対して、一斉に勧誘のために資料を送付し、あるいは登載された順に電話をかける等の典型的な営業行為は、上記①及び②のいずれの観点からしても、顧客名簿をその本来の使用目的に沿って使用する行為であって、「使用」にあたることは明らかである。

⑷ 他方、顧客情報の集積自体を利用しなくても、それに含まれる個別の顧客情報の使用が不正使用行為と認定されることもある。これは、上記①の有用性のみを利用するものといえよう。

知財高判平成24年7月4日(平成23年(ネ)10084号)は、「①本件顧客情報[4]のうち1審被告 Y1 及び同 Y2 が記憶していた顧客の氏名や住所、勤務先の情報を基に、NTTの番号案内やインターネットで顧客の自宅や勤務先の電話番号を調べた上で連絡したり、本件顧客情報のうち1審原告○○在職中に顧客から教えてもらって自己の携帯電話に登録していた顧客の携帯電話番号を基に、顧客の携帯電話に連絡したり、②本件顧客情報のうち元同僚が1審原告らに対する秘密保持義務に違反して開示した情報を元に、顧客の電話に連絡したりして、投資用マンションの賃貸管理の委託先を1審原告○○から1審被告○○に変更するよう勧誘したものであると認められるから、…1審原告○○の本件顧客情報を使用して同1審原告の顧客に連絡し、営業活動を行ったものといわなければならない。」と判示している。

⑸ もっとも、個別の顧客情報の利用にすぎない場合は、当該情報が原告から開示を受けた営業秘密であると同時に、被告が独自に入手した情報であることもある。

大阪地判平成30年3月15日(平成27(ワ)11753号)は、「被告P1が、原告の顧客との様々な関係から、原告の顧客であることを離れた個人的な情報としても当該顧客の情報を保有している場合があり得るのであって、そのような個人的な情報を使用した場合まで、営業秘密の不正開示・不正使用ということはできない。また、被告らが原告の顧客に対して営業活動をしたとしても、網羅的な営業方法の結果、その対象者の中に原告の顧客が含まれていたにすぎない場合には、やはり営業秘密の不正開示・不正使用ということはできない。したがって、被告らが営業対象としたと原告が主張する個々の顧客ごとに、被告P1の記憶に残る原告の顧客情報を開示及び使用したことによるものであるといえるのか、そうではなく、被告らが主張するような網羅的な営業活動の結果によるものであるとか、被告P1と原告の従前の顧客との間の個人的な関係等によるものであるなどといえるのかを個別に判断する必要がある。」と判示している。

このような場合、上記①及び②のいずれの観点からも、当該営業秘密の有用性を利用しているとはいえず、営業秘密を「使用」したということはできないことになろう。

 技術上の情報

⑴ 技術上の情報については、原告の営業秘密がそのまま使用されるのではなく、何らかの改変を加えられた上で用いられることも多い。このような場合に、どのような範囲で「使用」が認められるのかが問題となり得る[5]

⑵ 営業秘密と被告が使用する技術の同一性が争われた裁判例として、東京地判平成29年2月9日(平成26年(ワ)第1397号、平成27年(ワ)第34879号)がある。同判決は、営業秘密である靴の設計情報(本件設計情報)が化体した原告のオリジナルの靴木型(本件オリジナル木型)を改造した木型(本件改造木型)について、「本件改造木型は、本件オリジナル木型とは形状・寸法に相違があり、本件設計情報がそのまま化体したものではないから、本件改造木型に化体した靴の設計情報の取得・使用・開示は、それ自体は、当然には本件設計情報の取得・使用・開示であるということはできない。仮に、そのように形状・寸法が多少相違しても靴の設計情報としての同一性を認めるのだとすれば、市販された靴から再現した木型の形状・寸法が元の設計情報と多少の誤差を生じてもそれには同一性が認められることになり、…非公知性が否定されることになってしまうから、上記相違が、市販された靴から木型を再現した場合に生じる誤差より狭い範囲に収まっていると認められなければ、営業秘密として保護される設計情報とはいい難い。そして、(本件オリジナル木型と本件改造木型との同一性が争われているにもかかわらず)そのような立証はないから、本件オリジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致していない部分については、本件設計情報を開示したと認めることはできない。」として、設計情報の一部についてのみ営業秘密の開示を認定している。また、同判決は、本件改造木型を参考に作成された、被告の商品の生産用の木型(本件生産用木型)については、「本件オリジナル木型の形状・寸法の情報すなわち本件設計情報が残存していない蓋然性が高い。それにもかかわらず、原告は、…本件オリジナル木型と本件生産用木型との一致部分を示す客観的な立証を何らしていない。」として、本件生産用木型の作成及び本件生産用木型により製造した靴の販売につき、営業秘密の「使用」を否定している。

⑶ 営業秘密として認められる情報は、あくまで秘密管理性、非公知性、有用性が認められた情報であるから、原告が保有する情報のうち、上記各要件を備えていない部分が利用されたにすぎない場合は、営業秘密の使用があったといえない。

大阪地判平成25年7月16日(平成23(ワ)8221号)は、ソフトウェアのソースコードの使用が問題となった事案であるが、「原告主張の本件ソースコードが秘密管理性を有するとしても、その非公知性が肯定され、営業秘密として保護される対象となるのは、現実のコードそのものに限られるというべき」とした上で、「本件において営業秘密として保護されるのは、本件ソースコードそれ自体であるから、例えば、これをそのまま複製した場合や、異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。」、ソースコードに表現されるロジック(データベース上の情報の選択、処理、出力の各手順)を、被告らにおいて解釈し、被告ソフトウェアの開発にあたって参照することは、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化、一般化された情報の使用をいうものにすぎず、不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しない」と判示している。

第3 営業秘密の「使用」の立証

 被告による営業秘密の使用行為を、直接証拠によって立証することは通 常困難であり、多くの場合、間接事実の積み上げによる立証がなされることになる。なお、使用行為についての間接事実は、取得行為についての間接事実と共通することも多い。

 顧客情報の場合

原告が何らかの手段で被告が使用していた顧客名簿等を入手できている場合もあるが、そうではない場合には、被告が原告の営業秘密たる顧客名簿等を使用して営業活動を行っていたことを間接事実により立証することになる。

裁判例においては、顧客情報の使用を推認させる間接事実として、

・原告の従業員が退社後に競合他社に就職しあるいは競合会社を立ち上げていること

・当該従業員が原告の顧客情報を知り得る立場にあったこと

・原告の顧客と被告の営業先の共通性の程度

・被告の営業先のうち、他社にとって有利な条件で契約を締結できる可能性のある顧客の占める割合[6]

・被告の顧客に対する勧誘行為において、原告よりも有利な条件が提示されていること[7]

・連絡先を原告にしか教えていない顧客に対し被告から勧誘がなされて いること[8]

といった事実が認定されている。

 技術上の情報の場合

⑴ 技術上の情報の使用については、原告の営業秘密と、被告の使用している図面や被告製品との対比により、使用行為を間接的に推認せざるを得ない場合が多い。

なお、生産方法等の情報に係る技術上の秘密について、取得行為があった場合には、取得者が技術上の秘密の使用行為により生ずる物の生産等の行為をしたときは、営業秘密の不正使用行為が推定されることに注意が必要である(不正競争防止法5条の2)。

⑵ 技術上の情報の使用について間接事実から認定している裁判例としては、福岡地判平成14年12月24日判例タイムズ1156号225頁、大阪地判平成15年2月27日(平成13年(ワ)第10308号、セラミックコンデンサー事件)、知財高判平成23年9月27日(平成22年(ネ)第10039号、平成22年(ネ)第10056号)、名古屋地判平成20年3月13日判例時報2030号107頁などがある。

裁判例の傾向としては、原告の設計図面と被告の使用する図面の一致を認定する事案が多い。前記セラミックコンデンサー事件判決は、被告の図面と原告の図面の一致、セラミックコンデンサー積層機の設計には少なくとも3か月、電気関係の設計については少なくとも1か月半の期間がかかる一方で、被告らが原告を退社してから見積りを依頼するまでの期間が約40日であったこと、原告のセラミックコンデンサー積層機と被告会社のセラミックコンデンサー積層機は、設計者が自由に決めることができる部分も含めて、多くの点で一致又は酷似すること等の事実から、営業秘密の使用行為を推認している。

図面の対比において、選択の幅が広い設計事項が一致している場合や、図面の誤記、意味のない記載等が共通している場合等は、営業秘密の使用があったと推認しやすい[9]

また、被告が使用する機械の設計図の一部についてのみ証拠として提出されている場合であっても、機械の全体について設計図がなければ利用価値がないようなものであれば、全体について営業秘密の使用があったものと推認されることがある[10]

⑶ 東京地判平成30年11月29日(平成27年(ワ)第16423号)においては、ソースコードの不正使用の事実の有無の認定に当たり、鑑定を実施して、類似箇所の認定及び類似箇所について原告ソフトウェアを参照せずに被告らが独自に作成することが可能であるか否かを検討しており(ソースコードの一部の使用が認定され、全体についての使用は否定された)、同種事案における立証方法として参考になる。

第4 おわりに

営業行為の「使用」については、その外延が明らかではない場合も多い(特に技術上の秘密)が、当事者としては、営業秘密性を満たす情報がその本来の使用目的に沿って使用されたといえるのかを十分に吟味した上で、主張立証をする必要があるといえる。

 

<注釈>

[1] 経済産業省知的財産政策室編著「逐条解説不正競争防止法 平成30年11月29日施行版」85頁

[2] 大阪地判平成8年4月16日判例時報1588号139頁(男性用かつら事件)など

[3] 東京地判平成12年10月31日判例時報1768号107頁は、「確かに、本件顧客情報のもとになる個々の顧客に関する情報を一件ずつ出力できることは前記認定のとおりであるが、原告会社の顧客は事業所数で約一万四千と膨大な数に及ぶことからすれば、一覧性の観点から本件顧客情報の有用性は、なお損なわれないと言うことができる。」とする。

[4] 投資用マンションを購入した約7000名の個人情報

[5] 西田昌吾「営業秘密侵害行為」髙部眞規子編『著作権・商標・不競法関係訴訟の実務(第2版)』(商事法務、2018)500頁は、「営業秘密を取得した者が当該営業秘密に改変を施した情報を使用する行為も、当該営業秘密の経済的価値を享受していると認められる場合には、当該営業秘密の使用に当たるものと解される」が、「使用される情報がもはや技術的に営業秘密と同じものとは言えない場合には、営業秘密の使用とはいえない」とする。

[6] 東京地判平成12年10月31日判例時報1768号107頁参照

[7] 東京地判平成17年6月27日(平成16年(ワ)第24950号)など

[8] 東京地判平成11年7月23日判例時報1694号138頁参照

[9] 著作権侵害訴訟における依拠性の立証に通じるところがある。

[10] 前記セラミックコンデンサー事件、前記福岡地判平成14年12月24日参照

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