tradesecret-mailmagazine-column

営業秘密メルマガコラム

2018.04.17

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第22回|営業秘密と刑事裁判

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第22 回

営業秘密と刑事裁判

弁護士知財ネット中部地域会
弁護士 飯田明弘

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第22回 営業秘密と刑事裁判

第1 はじめに

経済産業省では、事業者が保有する情報につき、不正競争防止法上の「営業秘密」として差止請求等の法的保護を受けるために必要となる最低限の水準対策を示すものして平成27年1月に「営業秘密管理指針」を全部改訂(以下、「営業秘密管理指針」といいます。)しました。そして、営業秘密管理指針では、秘密管理性要件につき、以下のような説明がなされています。「従来、①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)の2つが判断の要素になると説明されてきた。しかし、両者は秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるが、それぞれ別個独立した要件ではなく、「アクセス制限」は、「認識可能性」を担保する一つの手段であると考えられる。」
なお、営業秘密管理指針では「アクセス制限」という表現が限定的な印象を与えるので「秘密管理措置」という用語に変更されています。

以下、営業秘密管理指針の全部改訂後に秘密管理性が争点となった刑事裁判例を中心に紹介するとともに、民事裁判例との比較も若干行いたいと思います。 

第2 営業秘密に関する最近の刑事裁判

1 東京地方裁判所立川支部平成28年3月29日判決及び東京高等裁判所平成29年3月21日判決(秘密管理性について)

(1) 事案の概要

通信教育等を業とするA社の業務委託先であるB社の業務に従事していた被告人が、営業秘密である顧客の氏名,生年月日や住所等の情報をダウンロードした上、自己所有のスマートフォン内臓メモリにデータを複製し、顧客情報を領得し、名簿業者に対し顧客情報を開示するなどした事案。

なお、弁護人は、営業秘密の有用性と非公知性については争っていません。

(2) 東京地方裁判所立川支部平成28年3月29日判決における秘密管理性

ア 規範

秘密管理性の要件は、…(事業者の営業上の利益及び公正な秩序の維持という保護法益の観点から)保護に値する情報を限定するとともに、当該情報を取り扱う従業者に刑事罰等の予測可能性を与えることを趣旨として設けられた要件であると解される。このことからすれば、前記要件のうち「秘密と管理されている」といえるためには〈1〉当該情報にアクセスできる者を制限するなど、当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられており、〈2〉当該情報にアクセスした者につき、それが管理されている秘密情報であると客観的に認識することが可能であることを要する。

イ あてはめの概要

〈合理的管理方法(アクセス制限)について〉

A及びBでは、アカウントの管理等により本件顧客情報にアクセスできる者を従業者の一部に限定し、入退室の管理等により無権限者からのアクセス防止措置をとるとともに、社内規程において、顧客情報を機密に位置づけ、研修等でアクセス権限のある従業者にその趣旨の浸透を図り、当該情報を関係者以外に開示することを禁止した上、その管理の実効性を高めるために、私物パーソナルコンピュータの使用を禁止し、業務用パーソナルコンピュータの持ち出しや外部記録媒体への書き出しを原則禁止し、業務用パーソナルコンピュータによる本件情報等へのアクセス記録を管理していた。

なお、外部記録媒体に対する管理については、…十分でなかったことは否定できないが、関係各証拠によれば、Bにおける研修等により、従業者にはスマートフォンを含む外部記録媒体への書き出し制御が実施されている旨周知されており、従業者もそのような認識を持って業務を行っていたことが認められる。…以上の事実を総合すれば、本件当時、A及びBにおいては、本件顧客情報につき、アクセスできる者を制限するなど、当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられていたということができる。

〈秘密情報の客観的認識可能性について〉

アカウント等によりアクセス制限が行われ、外部記録媒体への書き出し制限がされていたという事実、…Bでは、毎年、従業者全員を対象とした情報セキュリティ研修を実施した上、個人情報や機密情報の漏えい等をしてはならない旨記載された受講報告書のほか、個人情報及び機密情報の保秘を誓約する内容の同意書の提出を求めており、…本件システムの開発等に従事する者は、…本件データベースに集積される情報が、Aの事業活動において収集された顧客情報であり、当該情報がAの事業活動に活用される営業戦略上重要な情報であって、機密にしなければならない情報であることを容易に認識でき…たと認められること、さらに、A及びBの各社内規程においても、Aの顧客情報については機密であ(る)…旨規定されていたこと等からすれば、本件顧客情報にアクセスする従業者においては、それが管理されている秘密情報であることを客観的に認識可能であると認められる。

(3) 東京高等裁判所平成29年3月21日判決における秘密管理性

秘密管理性について,弁護人が,「Aが、大量の個人情報を管理して営業に活用している業界最大手の著名企業であり、内部者による侵害行為に対して、容易に対策をとることができることからすれば、秘密管理性があるというためには、合理的管理方法では足りず、相当高度な管理方法を採用し、実践することが必要であると解すべきである」と反論しました。

① 規範

秘密管理性を要件とした趣旨は、営業秘密として保護の対象となる情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ、事業者が保有する情報に接した者にとって、当該情報を使用等することが許されるか否かを予測することが困難となり、その結果、情報の自由な利用を阻害することになるからである。そうすると、当該情報が秘密として管理されているというためには、当該情報に関して、その保有者が主観的に秘密にしておく意思を有しているだけでなく、当該情報にアクセスした従業員や外部者に、当該情報が秘密であることが十分に認識できるようにされていることが重要であり、そのためには、当該情報にアクセスできる者を制限するなど、保有者が当該情報を合理的な方法で管理していることが必要とされるのである。

この点について、原判決は、〈2〉当該情報にアクセスした者につき、それが管理されている秘密情報であると客観的に認識することが可能であることと並んで、〈1〉当該情報にアクセスできる者を制限するなど、当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられていることを秘密管理性の要件とするかのような判示をしている。しかしながら、上記の不正競争防止法の趣旨からすれば、〈2〉の客観的認識可能性こそが重要であって、〈1〉の点は秘密管理性の有無を判断する上で重要な要素となるものではあるが、〈2〉と独立の要件とみるのは相当でない。…そうすると、所論がいうように、Aが、本件顧客情報へのアクセス制限等の点において不備があり、大企業としてとるべき相当高度な管理方法が採用、実践されたといえなくても、当該情報に接した者が秘密であることが認識できれば、全体として秘密管理性の要件は満たされていたというべきである。

② あてはめの概要

Bでは、毎年、従業者全員を対象とした情報セキュリティ研修を実施、個人情報や機密情報の漏えい等をしてはならない旨記載された受講報告書や、個人情報及び秘密情報の保秘を誓約する内容の同意書の提出を求めていた上、本件システムの内容及び目的並びにその中の情報の性質等から、本件データベース内に集積される本件顧客情報がAの事業活動に活用される営業戦略上重要な情報であって機密にしなければならない情報であることは容易に認識することができたといえる。そうすると、後記のとおり、本件顧客情報へのアクセス制限に様々な不備があったとはいえ、一定のアクセス制限の措置がとられていたことを併せ考慮すると、本件において、秘密管理性の要件は満たされていたということができる。

(4) コメント

   原審は①アクセス制限等の合理的な管理方法と②秘密情報であることの認識可能性を二つの要件のように判示したのに対し、高裁判決では、「当該情報にアクセスした従業員や外部者に、当該情報が秘密であることが十分に認識できるようにされていることが重要であり、そのためには、当該情報にアクセスできる者を制限するなど、保有者が当該情報を合理的な方法で管理していることが必要とされる」とし、①及び②を独立の要件ではなく、要素とし、さらに、②こそが重要であると判示しました。これは、一見、前記営業秘密管理指針に沿う判示内容とみることができますが、②こそが重要とまで言い切ってしまっていることは少々踏み込みすぎている印象があります。

イ 他方、営業秘密管理指針の改訂後、民事裁判例では、当職が調べた範囲では、規範レベルで明示的に①②の関係性について判示したものは見つけられませんでした。

2 名古屋地方裁判所平成26年8月20日判決及び名古屋高等裁判所平成28年10月31  日判決

(1) 事案の概要

被告人が、従業員として勤務していた被害会社の営業秘密である技術情報のファイル6個につき、売却して利益を得る目的で、被告人所有の外付けハードディスクにダウンロードして領得した事件。

なお、以下の裁判例の上級審である名古屋高等裁判所平成28年7月29日判決、最高裁判所平成28年10月31日決定では、秘密管理性については争われていません。また、本裁判例において営業秘密の対象となる情報は、被害会社が製造販売する機械の設計図面や組図等技術的な情報であったところ、弁護人は被告が領得した情報のみでは模倣品の製作が可能ではないから有用性が否定されるという趣旨の反論をしていますが、裁判所は独自見解であるとして同反論を退けています。また、弁護人は非公知性は争っていません。

(1) 名古屋地方裁判所平成26年8月20日判決

ア 規範

秘密として管理されているといえるには、保有者が秘匿しようとする意思を有し、かつ、客観的にもその意思が明らかにされていることが必要であり、そのため、当該情報にアクセスできる者を限定するなど、合理的な管理方法が執られており、アクセスする者に当該情報が管理されている秘密情報であることの認識が可能であることを要する。

イ あてはめの概要

Bでは、本件各ファイル等の技術情報については、アクセス権限を付与する者を従業員の一部に限定するとともに、アクセス権限を有する者に対し、それらの情報を第三者に開示することを厳禁している。そして、その禁止を実効性のあるものとするため、アクセス権限を与られた者が技術情報を社外に持ち出すことのないよう、業務上必要のない情報のダウンロードを禁止するのみならず、社内で使用される携帯用の外部記憶媒体を会社貸与のものに限定して、その使用を管理する一方、個人所有の外部記憶媒体の使用は原則として禁止していた(外部記憶媒体に対する管理については、記憶媒体を有するスマートフォンやiPad等の私物に関しては管理が及んでいなかったほか、管理の厳格さにはグループリーダーの怠慢等もあって程度に差があったが、基本的には、a部長が問題として以来、外部記憶媒体の使用に関してはルールが策定されるなどしており、通常業務用パソコンに接続して使用される個人所有の外部記憶媒体については、その使用を禁止した運用実態があった。)。また、従業員による情報等へのアクセス履歴も管理されていた。さらに、そのようなルールの周知を図るため、HPに警告文を掲載するほか、新人研修やグループミーティング等の場が活用されていた。

そうすると、本件当時、Bにおいては、本件各ファイル等の技術情報を秘密として管理する方法が、アクセスできる者を限定するなど合理的なものであり、アクセス権限を有する者が、それらの技術情報が管理されている秘密情報であると認識可能であったことが認められ、本件各ファイル等の技術情報を秘匿する意思が客観的に明らかにされていたというべきである。

ウ コメント

本判決は、規範レベルでは、東京地方裁判所立川支部平成28年3月29日判決と同様にアクセス制限と営業秘密であることの客観的認識可能性を2要件のように述べていますが、あてはめレベルでは、これら二つを特に分けずに判示しています。

3 横浜地方裁判所平成281031

(1) 事案の概要

被告人が、転職を目前に控えた時期に、勤務先会社が保有する自動車の商品企画に関連する営業秘密に当たるデータファイルを自己所有のハードディスクに複製して領得したという事件。

なお、弁護人は、複数のデータファイルの情報の有用性につき、被告人が領得した時点では、被害会社にとって陳腐化した情報であった等と主張していますが、裁判所は有用性の高い情報であった等として主張を排斥しています。また、弁護人は、あるデータファイルの非公知性につき、あるデータファイルの情報の基本的な考え方やノウハウが記載された公刊書籍があると主張していますが、裁判所は、データファイルの情報と公刊書籍の情報の内容が異なるとして主張を排斥しています。

(2) 秘密管理性について

弁護人は,別表番号4,8及び12の各データファイルについてラベリングがされていないこと等を理由に秘密管理性を争いました。

ア 規範

なし

イ あてはめの概要

(ア) 合理的な管理方法について

別表番号3ないし8及び12の各データファイルについては、そのデータファイル自体、あるいは、その基となったデータが、また、作成途中のデータファイル等については会社パソコン上に保存されるなどした上で完成した後のデータが、いずれも、アクセス制限のかけられたサーバー等に格納され、あるいは、格納される予定であったこと,Aでは、従業員に対し、必要な情報セキュリティー上の指導等を十分に行っていた等をもって合理的な方法によって管理されていた。

(イ) 営業秘密であることの客観的認識可能性について

アクセス制限のかけられたサーバー等に格納され、あるいは、そのようなサーバー等に格納すべきことが周知され、かつ、情報の内容による機密性の分類基準やその基準に応じた情報の取扱い方法等について、従業員に指導がなされて周知されていたことからすると、上記各データファイルにかかる情報が営業秘密であることについては、客観的にも認識可能な状態で管理されていた。

ウ コメント

本裁判例は、規範を立てず、あてはめレベルで、東京地方裁判所立川支部平成28年3月29日判決と同様に、アクセス制限と営業秘密であることの客観的認識可能性を2要件のように述べています。

第3 まとめ

営業秘密管理指針の全部改訂後、民事裁判例では、規範レベルで明示的にアクセス制限と営業秘密であることの客観的認識可能性の関係性について判示したものは見受けられません。もっとも、実際の判断の過程では、具体的秘密管理措置について、当該情報の性質、保有形態、情報を保有する企業等の規模等の諸般の事情を総合考慮し、合理性のある秘密管理措置が実施されていたか否かという観点から判断を行っているものと考えられるとの指摘があります(逐条解説不正競争防止法41頁経済産業省)。すなわち、従来から①アクセス制限と②営業秘密であることの客観的認識可能性は相関関係的に判断されてきたといえますが、その重みが営業秘密管理指針の全部改訂によりどう変化していくのか今後裁判例の集積が必要となると思われます。

他方、刑事裁判例では、東京高等裁判所平成29年3月21日判決において、①アクセス制限と②営業秘密であることの客観的認識可能性の関係性が明示されました。ただし、表現の問題だけかもしれませんが、「客観的認識可能性(②)こそが重要であ」るとまでするのは、硬直的であった①②の判断を柔軟化することを意図したと思われる営業秘密管理指針の全部改訂をそのまま反映したと言えるのかは疑問の残るところです。

不正競争防止法の営業秘密の解釈は、基本的には、刑事裁判と民事裁判とで統一的に判断されるべきものですから、東京高等裁判所平成29年3月21日判決は民事裁判においても、重要な判示と思われます。

以上

 

お知らせ一覧