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営業秘密メルマガコラム

2019.01.15

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第31回|訴訟記録の閲覧等制限による営業秘密の保護

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第31回

訴訟記録の閲覧等制限による営業秘密の保護

弁護士知財ネット 四国地域会
弁護士 森晋介

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第31回 訴訟記録の閲覧等制限による営業秘密の保護

1 民事訴訟の公開原則

民事訴訟は,裁判の公開を保障する憲法82条に基づき,その審理(口頭弁論)は一般人が傍聴できる公開の法廷で行われ,判決も公開の法廷で言い渡される。そうすることで裁判の公正を担保し,もって訴訟制度に対する国民の信頼を確保しようとする趣旨である。

訴訟記録についても,同様の趣旨から,何人に対しても公開することとされている。すなわち,何人も,受訴裁判所に保管される訴訟記録(訴状,答弁書,準備書面,書証,証人尋問調書など)について,裁判所書記官に請求することでこれを閲覧することができる(民訴法91条1項)。

2 訴訟記録が公開されることによる弊害

上記のとおり,民事訴訟において,当事者が提出した書類は,訴訟の当事者間で共有されることはもちろん,訴訟外の第三者もアクセスが可能となる。
これは,企業にとって重要な営業秘密が記載された書類が,訴訟を媒介として,第三者にも開示され,広くオープンとなってしまう可能性があることを意味する。
結果,企業は,たとえ訴訟の追行のためには有利な証拠であっても,訴訟外の第三者の目に触れた場合のデメリットを考えて,提出を躊躇することになる。あるいは,訴訟の相手方から自らの営業上重要な書類が提出されて,営業秘密が無用に広く公開されてしまうという事態もあり得る。
しかし,訴訟記録の公開によるデメリットのために,審理に有用な証拠が顕出されなくなったり,保護に値する企業秘密が容易に外部に漏れたりするようでは,適正な裁判の確保が困難となる。
もともと,裁判の公開原則は,適正な裁判を確保するためのものであったにもかかわらず,公開原則を貫くことでかえって適正な裁判ができない事態を招くとすれば,本末転倒である。

3 訴訟記録の閲覧等制限

そこで,平成8年の民事訴訟法改正に際して,営業秘密が審理の対象になる場合には,裁判所の決定により,当該秘密に関する記録の部分の閲覧等ができる者を,訴訟の当事者に限定することができる旨の規定が新設された(民訴法92条)
この場合の営業秘密は,不正競争防止法2条6項に定める「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」である。具体的には,製品の設計図,製法,研究資料,顧客名簿,販売マニュアルなどの情報がこれにあたるとされている[1]
閲覧等制限は,当事者が申立てにより行う。申立てにあたっては,書面で,秘密記載部分を具体的に特定し,その部分が民事訴訟法92条1項各号に該当することを疎明するに足りる証拠を提出する必要がある。

4 裁判例

訴訟の相手方が提出した書証の一部が自らの「営業秘密」に該当するとして訴訟記録の閲覧謄写の制限を申し立てケースに関する裁判例として,東京高決平成27年9月14日判例時報2320号43頁(原審:東京地決平成27年7月9日公刊物未登載)があるので,以下,紹介する。

従業員Xは,勤務先の企業であるYに対して,退職勧奨の違法及びその後の配転命令の違法を主張し,現職場での就労義務の不存在確認及び損害賠償を求めて訴訟を提起した(基本事件)。裁判所は,退職勧奨,配転命令ともに違法性はないとしてXの請求をいずれも棄却した。
この基本事件において,Xは,マル秘,社外秘,転送・コピー厳禁という記載のあるYの社内文書を証拠として提出した。
Yは,それらの社内文書やYにおける組織変更に関する通達などについて,民事訴訟法92条1項2号の「営業秘密」に該当するとして,訴訟記録の閲覧制限等の申立てを行った。
第一審の東京地方裁判所は,各文書の記載について,有用性を否定し,営業秘密に該当しないとして,Yの申立てを却下した。

これに対して,抗告審の東京高等裁判所は,要旨,以下のとおり判断して,原決定を一部取消した。Yの希望退職者の募集要領,部署の新設と職務内容,従業員の氏名を含む組織図・各部署の職務分掌,品質保証・品質教育業務等を内容とするものであり,品質環境分野における人員体制や戦略に関わるものである。Yはこれらの情報について,マル秘,社外秘,転送・コピー厳禁等の表示を付して社外への公表を禁止している。よって,これらの情報は,不正競争防止法2条6項の事業活動に有用な営業上の情報であって,Yにおいて,秘密として管理され,公然と知られていないことが認められるため,本件各社内文書は,民事訴訟法92条1項2号の「営業秘密」が記載されているものと認められる。

5 秘密保持命令との対比

訴訟に提出した営業秘密の漏洩を防止する制度として,他に,秘密保持命令の制度がある(不正競争防止法10条など)。
これは,訴訟の相手方当事者及び訴訟代理人等に対し,営業秘密を含む準備書面や証拠について,当該営業秘密を訴訟追行の目的以外で使用し,又は他へ開示することを禁止することを命ずるものである。
この秘密保持命令の制度は,自己の営業秘密が不正に取得・利用されていることを理由に,その差止めや損害賠償を求める訴訟で原告が自己の保有する営業秘密に関して開示した情報について,被告等を名宛人として発令することはできないと解されている[2]。かかるケースにおいて営業秘密が第三者へ漏れないようにするには,本稿で論じた訴訟記録の閲覧等制限によって対処するほかない。

以上

 

[1] 森脇純夫「秘密保護のための訴訟記録の閲覧等の制限」三宅省三=塩崎勤=小林秀之『新民事訴訟法体系(1)』(青林書院,1997年)261頁。

[2] 三村量一・山田知司「知的財産権訴訟における秘密保持命令の運用について」判例タイムズ1170号7頁。

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