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営業秘密メルマガコラム

2018.07.17

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第25回|就業規則で秘密保持義務を定めているから大丈夫?

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第25 回

就業規則で秘密保持義務を定めているから大丈夫?

弁護士知財ネット事務局
弁護士 星 大介

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第25回 就業規則で秘密保持義務を定めているから大丈夫?

先日、私が、ある中小企業のメーカーから、海外企業への製造委託契約についてアドバイスを求められたことがあり、製造委託するに際して、相手方企業に渡す情報に関する秘密保持義務については契約書に規定し、情報の渡し方についてもアドバイスしました。

その際、社内でのそれらの情報の管理方法について、気になったので聞いたところ、紙媒体のマニュアル類は鍵付きの棚に保管されているものの(特にマル秘マークなどは付されていない)、営業時間中はその棚が開いていて、誰でもマニュアルと取り出してみることができる状態とのことで、また、デジタルデータは特定のパソコンに入っており、誰でもそのパソコンを操作することが可能とのことでした。

その点を指摘すると、その会社の社長からは、「就業規則に秘密保持義務を書いているのですが、それではダメなのでしょうか。」との話がありました。

社長の指摘するところは、社内で秘密情報といえるものは、そのマニュアルなど一部に限られ、そのような情報が秘密にすべきであるということは社員であれば誰でも分かるのであり、社員は就業規則で秘密保持義務を負っているのだから、それを漏えいしてはならないのも当然である、とのことでした。

確かに、技術情報については、特段の措置が採られていなくても秘密管理性が認められることがありますが、社内の特定の情報が、(社長にとってではなく)情報に接する社員にとって秘密情報であると認識できるかは明確ではありません。また、技術情報ではなく、営業情報の場合には、その不明確さはより大きくなります。

裁判例でも、就業規則に秘密保持義務を定めているとの主張が認められなかった事例があります。

例えば、知財高判平成28年3月8日は、原告会社が、就業規則に「会社の機密事項または会社の不利益となる事項」,「業務上知悉した関係会社の機密事項」について秘密保持義務を定めていたことについて、同社の販売管理システムに登録される顧客情報についてまでその対象にしたものか、文言上必ずしも一義的に明らかではないとして、その顧客情報について秘密管理性を否定しました。

また、東京地判平成24年6月11日は、就業規則において,就業中に得た取引会社の情報につき漏えいすることや,取引先,顧客等の関係者の個人情報を正当な理由なく開示し,利用目的を超えて取扱い,または漏えいすることを退職後も禁ずる旨規定していましたが、その就業規則も含めた管理は、当該会社において、営業担当者の手控えや記憶に残っている顧客情報についてまで、雇用契約上開示等を禁じられるべき営業秘密に当たることを当該従業員らに明確に認識させるために十分なものであったとはいえないとして、それらの情報の秘密管理性を認めませんでした(この事例においては、原告会社が管理している顧客情報については元社員による持ち出しが認定できなかったため、原告会社が、元社員の手控えなども営業秘密に含まれると主張したため、その部分について秘密管理性が判断されました。)。

前者の裁判例では、「会社の機密事項」などと定めているだけでは、問題となる情報がその「機密事項」なのか、社員が認識できないということかと思いますし、後者の裁判例は、「取引先の情報」と明示しているにもかかわらず、社員の手控え等にまではその規則の効力は及ばないと解されているようです。いずれの事案においても、ポイントは、「その情報が秘密情報であると社員が認識できたかどうか」にあると思われます。その意味では、営業秘密管理指針にもあるとおり、社長自身ではなく、情報に接する者の認識をメルクマールとして情報管理を考えるべきということになり、就業規則を定めているだけでは足りず、やはり、その情報管理の実態(実際にどのようにしてその情報が管理されているか)が重要になります。

では、何らかの規則で秘密情報の管理を定めておくことは意味がないのかといえば、決してそのようなことはありません。望むべくは、やはり、営業秘密管理規程のようなものを策定し、社内でどのような情報が秘密情報なのか(その特定・指定の仕組みなど)、その責任者(部署)とも合わせて規定しておくことかと思います。

最近の裁判例では、いわゆる営業秘密管理の形骸化事例(規則などで定めてあるが、実際にはそれが適切に運用されていないために、実態として、秘密管理性が認められない事例)が散見されます。規則によって責任者を定め、定期的に監査を行う等の仕組みを設けておくことで、営業秘密管理を含めた知財に対する社員の意識も高まり、そのような形骸化も防止することができるものと思われます。

弁護士知財ネットは、全国の知財総合支援窓口やINPIT営業秘密・知財戦略相談窓口(営業秘密110番)と協力して、中小企業に実効性のある営業秘密管理規程を導入する支援もを行っています。

 

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