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コラム

2015.02.21

【知財よもやま話】 第3話 身の回りから学ぶ知的財産法

身の回りから学ぶ知的財産法
知財よもやま話 第3話

近藤惠嗣

PDF版ダウンロード:【知財よもやま話(3)】身の回りから学ぶ知的財産法

1.Ⓒって何?

皆さん、身の回りにある本の奥付を見てください。奥付ってわかりますね。本の最後についている、著者とか、出版社とか、○○年○月○日初版発行とか書いてあるところです。

私が見ている本の奥付には、Ⓒ1974 Masao Handaと印刷されています。一般に、これを「○Cマーク」(まるしーまーく)と呼んでいますが、本によっては付いていない本もあります。このマークが何のためにあるか知っていますか。何か、著作権に関係あるんでしょ、とか、著作権を守るためのマークでしょ、と答える人も多いと思います。

こういう答えは、間違っているとも言えませんが、正しいというわけにもいきません。実は、このマークが実務的には無意味な場合も多いのです。そこで、Ⓒの法律的な意味について調べてみましょう。

皆さんは、万国著作権条約という条約を知っていますか。ベルヌ条約と並んで、著作権の国際的な保護に関する重要な条約です。かつて、アメリカがベルヌ条約に加盟していませんでしたので、日本の著作物がアメリカで保護されるためには、万国著作権条約の条件を満たす必要がありました。その条件というのが、Ⓒなのです。ちょっと長くなりますが、万国著作権条約の第3条1項を引用しておきましょう。

「締約国は、自国の法令に基づき著作権の保護の条件として納入、登録、表示、公証人による証明、手数料の支払又は自国における製造もしくは発行等の方式に従うことを要求する場合には、この条約に基づいて保護を受ける著作物であって自国外で最初に発行されかつその著作者が自国民でないものにつき、著作者その他の著作権者の許諾を得て発行された当該著作物のすべての複製物が最初の発行の時から著作権者の名及び最初の発行の年とともにⒸの記号を表示している限り、その要求が満たされたものと認める。Ⓒの記号、著作権者の名及び最初の発行の年は、著作権の保護が要求されていることが明らかになるような適当な方法でかつ適当な場所に掲げなければならない。」

ベルヌ条約に加盟するまで、アメリカ著作権法は著作権登録を保護要件としていました。しかし、万国著作権条約には加盟していましたので、日本人が日本で最初に発行した著作物にⒸ、著作権者名、第1発行年を記載しておけば、アメリカで保護を求める際に、著作権登録をしなくても、保護要件を満たしたものとみなされました。これが、上に引用した条文の意味です。

ところで、Ⓒが著作権表示であることを知っている人でも、このマークを著作権者名と第1発行年とともに表示しなければ万国著作権条約に基づく著作権表示とはならないことを知らないことがあります。そのために、少し古い本などの奥付を見ると、Ⓒと著作権者名だけが表示されている場合があります。この場合、途中で気づいても、「すべての複製物が最初の発行の時から著作権者の名及び最初の発行の年とともにⒸの記号を表示している限り」という条件は満たされません。

もっとも、そもそも、ベルヌ条約非加盟国で、かつ万国著作権条約加盟国において印刷されたり、翻訳書が発行されたりする心配のない著作物であれば、Ⓒは必要がないことになります。最初に、「実務的には無意味な場合が多い」と書いたのはそういう意味です。したがって、現在の日本におけるⒸの意味は、法律的な効果を目指したものとは言えないのかもしれません。そうであれば、Ⓒと著作権者名だけであってもよいのでしょう。

 

2.Ⓡって何?

今度は、身の回りの小物を見てみましょう。私は、某社の有名な救急絆創膏を見ています。一般名称に近くなった「○○○○○○」という商標の脇にⓇが付いていませんか。

これは、「○○○○○○」という登録商標がアメリカ特許商標庁に登録されていることを示しています。なぜ、このマークが必要なのでしょうか。その答えは、アメリカ連邦商標法にあります。

アメリカ連邦商標法は、商標権侵害に対する損害賠償として、3倍賠償の支払いを命じたり、侵害者の得た利益を吐き出させたりすることを認めています。しかし、これらは、善意の侵害に対する制裁としては酷ですから、商標権者に対して商品に付された商標が登録商標であることを表示する義務を課しています。その表示方法がⓇなのです。これによって、侵害者は、当該商標が他人の商標であるとは知らなかったという弁解ができなくなります。法律の規定では、Registered in U.S. Patent and Trademark Office又はその省略形であるReg. U.S. Pat. & Tm. Off.という表示も有効とされていますが、Ⓡの方が簡便なので、ほとんどⓇが用いられています。なお、表示を怠った場合でも、被告に対する現実の告知があればよいとされていますが、Ⓡを付しておけばすむことから、商標が登録されていれば、Ⓡを付すのが当たり前になっています。

Ⓡのほかに、TMやSMという記号が付されている場合もあります。TMはTrademark、SMはService Markの略です。これらの表示については、法律に直接の根拠はありませんが、商標の保有者が自分の商標であること、標章が商標として使用されていることを示すために使っています。なぜ、このような表示が必要なのでしょうか。

日本の商標法では登録によって商標権が発生しますが、アメリカ商標法では、使用によって商標権が発生します。登録は権利行使を容易にするために有効ですが、日本とは違って、現実の使用の重要性がはるかに高いのです。そのために、「これはおれの商標だぞ」という意思表示をすることによって、他人に同じ商標を使わせないようにしているのです。

以上のとおり、Ⓡも、TMやSMも、アメリカ商標法に特有な制度の下で意味のある表示です。したがって、日本の商標法の下では意味がないと考えられます。

 

3.日本法に基づく商標登録表示制度

日本の商標法にも商標登録の表示に関する規定はありますが、単なる努力義務で、商標権者にとっての法律的な効果とは結びついていません。商標法73条に次のような規定があります。

「商標権者、専用使用権者又は通常使用権者は、経済産業省令で定めるところにより、指定商品若しくは指定商品の包装若しくは指定役務の提供の用に供する物に登録商標を付するとき、又は指定役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該指定役務の提供に係る物に登録商標を付するときは、その商標に登録商標である旨の表示(以下「商標登録表示」という。)を付するように努めなければならない。」

商標登録表示は、商標権者にとっては努力義務ですが、商標法74条において、不正表示が禁止されています。その結果、登録商標でないものに商標登録表示やこれと紛らわしい表示を付すると、商標法80条により、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられます。

ここで、商標法73条に基づく経済産業省令とは、商標法施行規則第17条です。同条は、「商標法第73条の商標登録表示は、『登録商標』の文字及びその登録番号又は国際登録の番号とする。」と規定しています。

さて、ここで問題となるのは、前述のⓇの取り扱いです。読者の皆さんの中には、詳しいことは知らないまでも、Ⓡが「登録商標」を意味すると知っていた方がかなりいると思います。そうすると、Ⓡは商標法74条で禁止されている「これ(商標登録表示)と紛らわしい表示」なのでしょうか。簡単に、「それはそうだろう」と思われた方も多いと思います。実際、知的財産の専門家集団を自認しているある団体の近畿支部のウエブページでは、「商標法施行規則第17条は、『登録商標第○○○号』、『国際登録第○○○号』のように表示すべしと定めていますが、圧倒的にⓇが使用されています。逆に未登録商標にⓇを付した場合、Ⓡはわが国の法令に規定がないので裁判で争点になるかもしれませんが、理論上、明白な虚偽表示です。」と断言しています。

しかし、商標法74条は、何人にも民事的救済の根拠を提供するものではありません。したがって、理論的には、広義の、しかし、純粋な刑法に属します。したがって、「理論上、明白な虚偽表示です。」と言い切れるのかどうか、慎重に判断しなければなりません。法律家の立場からすると、「Ⓡはわが国の法令に規定がないので裁判で争点になるかもしれません」と現状を認めながら、「理論上、明白な虚偽表示です。」と断言することは、それ自体で刑法の基礎理論に反するようにも思えます。刑法の基礎理論においては、罪刑法定主義を根本原理としていますので、犯罪行為は明確に定義されていなければなりません。類推解釈は厳格に禁じられています。

また、法律の解釈においては、バランス感覚も大切です。日本に商品を輸出しているアメリカ企業は大企業ばかりではありません。したがって、アメリカで商標登録があっても、日本に商標出願をしていない企業もあるかもしれません。衣類や小物などで、アメリカの商品を日本に輸入したらヒットしたということがありますが、そうした商品に付されている商標は日本で登録されていないことも多いでしょう。

しかし、アメリカでは商標登録があればⓇを付すことは常識です。日本の輸入業者がアメリカで商品を買い付ける場合、製造元に注文して日本向けの特注品を製造してもらうとは限りません。アメリカの市場で調達することも多いと思います。その場合、ラベルなどを見れば、商標にⓇが付されていることになります。販売店がこの商品を在庫として保有することは、「譲渡又は引渡のために所持する行為」(商標法74条3号参照)ですから、日本における未登録商標にⓇを付す行為が「理論上、明白な虚偽表示です。」と断言する立場からすると、ラベルを取り除いたり、付け替えたりする行為を刑罰をもって強制すべきであるということになります。

価値観はさまざまですから、いろいろな考え方があってよいと思います。しかし、輸入商品の未登録商標にⓇが付されていても実害は乏しいのではないでしょうか。国際貿易の促進という貿易立国の立場からすれば、Ⓡは、商標登録表示と紛らわしい表示には該当しないと解釈する方が妥当なような気がします。

 

4.まとめ

本稿では、ⒸやⓇの意味から始めて、法律の解釈全体に通じるバランス感覚のお話に至りました。弁護士の専門性ということが言われるようになってからかなりの年月が経ちますが、本当の専門性は、総合性に裏打ちされているものだと思います。これから知的財産法を学ばれる方は、刑法は関係ないなどと言わずに、法律全体を見渡す力をつけていただきたいと思います。知的財産法は、刑法や民法の基礎理論の上に組み立てられています。したがって、知的財産法の条文や判例をいくら暗記しても、刑法や民法の基礎理論を知らなければ、総合力はつきません。

本稿が、これから知的財産法を学ぶ方たちの道標になれば幸いです。

 

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